英語快読100万語 (14)-レッド対ブルー

(13)でも書いたように、古い時代の文学を読むときにはその時代背景が分かってないと理解できない…というのはあるのだけれど、現代物の時も同じですよね。50にあげた文献はマンチェスター・ユナイテッドの歴史やら現在やらを説明した本なんですが、中にマンガも含まれていて、その題名も「レッド対ブルー」。

この本、初版が2001年になってるから、2000年公開のThere’s Only One Jimmy Grimble(日本では「リトル・ストライカー」というタイトルでDVDが出てるらしい)のパクリかい?っていうマンガだったりはします。その後の展開や結末は全く違うけど。この映画はどうやら日本では公開されてないみたいですが、私はイギリス出張中に見ました。ロバート・カーライルがサッカー・コーチ役として出ています。この映画なんで日本で公開されなかったかというと、多分、まさに「背景」が分からないとよく分からない映画だからかなぁ?

つまり、マンチェスターという町には、マンチェスター・ユナイテッド(レッド)の他に、日本じゃあんまり有名じゃないけれど、マンチェスター・シティ(ブルー)っていう有名なクラブがあるんです。ユナイテッドの試合がある日はマンチェスターの町に赤のユナイテッドのユニフォームを着たサポーターがぞろぞろいるし、シティの試合のある日は青いシティのユニフォームを着たサポーターがぞろぞろいるし、ユナイテッド対シティの試合のある日は、自分がどっちのサポーターを「カムアウト」しながら町を闊歩するのはかなり危険でもあるが、そうやって「思想信条」のために危険をかえりみずサポーターの使命をまっとうするのもまた「立派」な行為だったりはする訳です。

「リトル・ストライカー」の男の子も、ユナイテッド・ファンの子たちにどんなにいじめられても、ブルーのユニフォームは捨てない。「思想信条」のために、身を張るのが正しいサポーターのあり方だったりはするのです。

実はシティの方が歴史的には「名門」らしいし、地元には根づいているのですが、最近はこのクラブ、浮き沈みが激しく、プレミア・リーグから出たり入ったり、一番ひどいときはセカンド・ディヴィジョンまで落ちたりもしてるんですが、この浮き沈みが激しくはらはらさせるところもシティの魅力だったりはします。

で、このマンガの中では、シティ・ファンの一家の娘が向かいに越してきた家のユナイテッド・ファンの同級生と一緒にユナイテッドの試合を見に行って帰宅すると、父親がそれを叱るんですね。で、「たかがサッカーじゃない」という母親に、「サッカーは単なる楽しみじゃない。重要なことなんだ。サッカーは人生そのものなんだ」みたいに言うところがあるのね。

イギリス人にとって、サッカーって「宗教」みたいなところがあって、たとえばカソリックとプロテスタントが人殺しもいとわずに闘い続けているように(>北アイルランド問題)、どこのサポーターかってのは、その人の生活にとってかなり大切なことだったりする。ユナイテッドのサポーターの人にうっかりシティのサポーターだと言うとあまりよろしくないし、その逆もまた真なり。

私の知り合いはマンチェスターに住んでいる時、シティの雑誌(各クラブはサポーターのための雑誌を発行している)をリビングのテーブルの上に置いておいたら、何かの修理に来た電気屋さんが、それを見て、それまで愛想良かったのに、とたんにとたんに無口になったんだって。で、ピンときた彼は、「いや~、これはたまたまユナイテッドのチケットが手に入らなかったからシティのを見にいったんだよ。一度はサッカーを見てみたいと思って。本当はユナイテッドのファンなんだ。ユナイテッドの試合を見てみたいなぁ」と言ったらとたんに機嫌がよくなった…というようなことがあったそうです。

このマンガによって、そういうイギリスの「文化」を学ぶことも出来るし、そういう「文化」を知っていると、このマンガをより深く、リアルに味わえたりする…。

英語を学ぶことは、まさにイギリスの文化(やアメリカの文化)を学ぶことだし、英語の単語を日本語に置き換えて、文法的には「正しい」訳が作れても、それが何を「意味」するかは、イギリスの文化が分かってないと分からない…。言葉を学ぶことで文化を学び、文化を学ぶことで言葉の理解が深まる…。そういう風に、「文化と言葉」の間を往復しながらやっていくのが語学の勉強というものなんでしょうね。

50.2月15日(月):Manchester United(PG3):1200語:7300語:543032語:☆☆☆:
ペンギンのシリーズは、何となく「掘り下げ」が浅い感じで、また、一つの一貫した視点で書かれておらず、その点が私的にはちょっと物足りなかったりするのだけれど、小刻みに話が変わったり、マンガが挿入されてたりする点が「気分が変わっていい」という人もいるのだと思います。ま、「好み」の問題ですね。私は、ユナイテッドのファンという訳ではないのだが(ベッカムのファンであったりはするが。あ、でもベッカムは移籍しちゃったわね)、オールド・トラフォードのユナイテッドのスタジアムや博物館にも行ってて(試合は生で見たことはない。ユナイテッドの試合のチケット入手は超困難)、バックステージ(?)ツアーも体験してるので(選手控え室で「ベッカムはいつもこの辺りに座る」というところに座ってきたりもしてる)、かなり臨場感を持って読んだりはしました。

51.2月16日(火):Forty Years of Pop(OFF2):700語:3600語:546332語: ☆☆☆☆:
「お勉強物」でも、なんか私ペンギンのものよりオックスフォードの物が好きだなぁ。これ、「好み」の問題だから、ペンギンが好きな人には申し訳ないけれど。最後に「こういうの読むのもいいけど、それより今からコンサートに出かけたり、CDかけて、実際のポップ・ミュージックを聞いたら?」みたいにあって、こういうとこが私、イギリス臭くて好きかも…。

52.2月19日(木):Christmas in Prague(OBW1):400語:4800語:551132語: ☆☆☆☆:
去年の夏、『グッバイ・レーニン』という映画を見ました。日本ではもう公開になったのかな? 東欧に生きた人々のドラマというのは、それはそれは深い傷跡を人々の人生や心に残していたりはする。もちろん、日本に生きていたって人生はそんなに甘くはなかったりはするのだが。私が定宿にしているB&Bのナイト・ポーターは5歳の頃ハンガリーからイギリスに逃げてきた人です。この夏初めて聞かせてもらった彼の波乱万丈な人生の話と重ね合わせてこの話を読むならば、これはとてもリアルな話でもあります。

53.2月20日(金):Chemical Secret (OBW1):1000語:11000語:562132語:
☆☆☆☆:オックスフォードのGRで私が好きなのは、最初のキャプション。これがなかなか「深い」んですよねぇ。犯罪には二種類の関わり方があって、「目を開けて」関わることもあれば「目をつぶって」関わることもある。「見て見ないふり」して次世代に「つけ」を先送りしてしまうというようなタイプの犯罪(環境問題なんかね)もある。なるほど…。「見てみないふり」…これは私も色々な場面で日常的にしている。これが積み重なると社会全体がダメになって行くんですよね、いずれ…。

英語快読100万語 (13)-ディープ・ボイス&50万語突破!

超久々に英会話のレッスンに行きました。私は近くの英会話学校で超細々と個人レッスンを取ってます。個人レッスンは融通がきくのがいいけど、仕事やプライベートが忙しくなってくるとついつい足が遠のいてしまいます。

で、酒井先生は辞書を引いちゃいけないとおっしゃるが、ネイティブに聞くのもいけないのかな? GRを読んでいて、どうも「よ~分からん!」ということがいくつかあって、とりあえず、せっかくレッスンに行くので「質問」してみることにしました。

一つは、「ディープ・ボイス」とはどんな声か? 高い声じゃないことは分かる。単に低い声? 太い声? どすのきいた声?

先生に聞くと、「こんな声」とやってみてくれて、「ベッカムみたいなのの反対の声」と説明してくれました。ふむふむ。

こういう、音で聞いたり、目で見たりしないと分からないものってそもそも辞書を引いたところでよく分からないですよね。「オリーブ・スキン」なんてのも、ちょっと分かりにくい。

英会話学校に行くことの良さは、そんな時、「デイビットみたいな声」とか「リンダみたいな肌の色」って、そこのスタッフを例に説明してもらえることかな?

もう一つは、(10)でも書いたので話がだぶりますけど、ギャスケル夫人のCranfordに出てきた、ポッシュなご婦人たちのソサエティの話で「見えない」部分があったのですよね。

一応彼女たちは「アイドル・ウーマン」(働かなくても暮らして行けるいいとこのお嬢様や奥様)であるという点で結ばれてるんだけど、そのグループ内にも貧富の差があって、でも、比較的お金のない婦人の家に招かれたりした時には、その家があまり裕福でないことに気づかないフリをする、というエピソードの一つとして出て来た、 ある家にお茶に呼ばれて、メイドがティー・カップとポットをソファーの下から取り出したけど「全く気づかないフリしておしゃべり続けた」…という場面。これのどこが貧乏を象徴しているの?

まぁ、英会話の先生はイギリス史の専門家でも英文学の専門家でもない人だったので、「う~ん、分からないけど、考えられる理由としては、食器棚を買えなくてソファーの下に食器をしまってたってことかなぁ?」と言ってました。う~む。これは英文科を出た友人にいずれ聞いてみよう。「ソファの下に食器をしまう」ってのが、あまりお金のない家庭で頻繁になされていたことなのかどうか…。ある「行為」「動作」が何を象徴することなのか、が分からないと、「意味わからん」ということになっちゃいますよね。

そして、同じく、相対的に「貧しい」ことの例として、その家の女主人が実は午前中かかってやいたお菓子をメイドが出してきた時、女主人は「一体なんのお菓子かしらん?」と何が出てくるか知らないふりをし、みんなは、実は女主人が手づからそのお菓子を焼いたことは知っているが、そんなことは全く気づかないフリをした…というもの。

たしかに、「家事が出来る女」というのはいやしい身分の出身であることの象徴という時代があり、この時代もそうであったのは事実でしょう。いいとこの奥様は家事をするのではなく、家事の采配を振るうのが仕事でした。でもさ、メイドの「管理」するのが仕事だと考えれば、何のお菓子が出てくるか知らないってまずくないのかな?
あるいは、「女中頭」を雇えるくらい裕福なら、そういうのはいちいち指図しなくてもいいってこと?

これも、その英会話の先生は、「う~ん、よく分からないなぁ。どっかから買ってきた、という方がお金持ちっぽいのかな?」とのことだったので、これも英文科を出た友人に聞いてみることにいたします。

結局、「英語を読む」というのは、「文化を読む」ということであったりするのですね。「ソファーの下から食器を出して」というメイドの動作が「正確」読めて、ちゃんとどういう動作か頭の中で想像できたとして、「で、だから?」「それってどういうこと?」ってなった時、その「意味」するところは、時代背景が分からなければ分からない。

以前、同僚から言われたように、昔の文学を英語で読もうとするとたとえ大衆文学であっても(いや、大衆文学であればなおのこと?)、読みにくいのは、そんなところに理由があるということなのでしょうね。

あ、そうそう、ようやく50万語を越えました。折り返し地点です。

46 2月8日(日):Staying Together (CER4):1900語: 18000語:507332語: ☆☆☆☆:
結婚を前にイギリスに短期語学留学した日本人女性が主人公。ケンブリッジのシリーズはストーリーの前に舞台となる地域の地図があって、私はこれ、気に入ってるんですが、この本の日本地図は、何と!!!! 本州と四国、本州と四国がつながっていて、日本のメインアイランズは北海道+本州(四国・九州つき)の2つになってるぞ~! 日本のメインアイランズは4つじゃなかったんかい~! こんなことでいいのか! 世界のケンブリッジ!

47.2月11日(水):How I Met Myself(CRR3):1300語:14000語:521332語: ☆☆☆☆:
本の背表紙に「ゴースト・ストーリー」と表示があったんですが、それを読まずに読み始めたため、雪のブタペストでビルから出て来た男にぶつかってころんだ主人公がその男の顔を見るとそれは自分自身であった…・っていうドラマティックな冒頭を読んだ時、「まさかさぁ、双子の弟がいたとか言わないよね」とか思ってしまったりもして、その後も話の展開がどっちの方向に行くのか全然見えず、しかし、そのために、「一体どっちの方向に行くんぢゃい!」とハラハラしながら読めて面白かったかも…。ヨーロッパは狭い地域に色々な民族や言語がごちゃごちゃと混在してるし、第二次世界大戦の時も敵味方入り乱れての闘いだったから、その傷跡も未だに残ってたりするし、人の移動も激しいから、小説の舞台には事欠かないなぁ…と思いました。戦争の傷跡を今も生きている人には「ふざけんな!」と言われそうだけど。

48.2月12日(水):White Death(OBW1):400語:7100語:528432語:☆☆☆☆:
身に覚えのない麻薬が荷物に入っていた!!!! これ、外国で起こると、まじで死刑になることあるから恐いですよね~。身に覚えがあるならまだしも…。中国から日本に麻薬持ち出そうとした男性が執行猶予なしの死刑判決になりましたよね。この男性は身に覚えがあるんでしょうが。この本読んだ直後に判決が出たので、この主人公が置かれた状況ってほんとリアルなのね~と改めて思ったりしました。

49.2月12日(水):White Death(OBW1):400語:7300語:535732語:☆☆☆:
犯人あてクイズな本だったりします。登場人物がごちゃごちゃしてて登場人物の描写がいま一つうまく出来てないので、分かりにくい。犯人あての「ヒント」も単純だし。でもって、そもそもこの犯罪は成立するのか? 気づかれないように睡眠薬を与えて眠らせて殺す程度に睡眠薬を与えることは出来ても、殺すほどの睡眠薬を本人に気づかれないように与えるっつうのは無理なんじゃないでしょうか。

英語快読100万語 (12)-『嵐が丘』&小説を「身体で」感じる

エミリー・ブロンテの『嵐が丘』をGRで読んでみました。この作品は昔翻訳で読んだことがあります。でも、細かいことはみんな忘れてしまっていて、NBTのワークショップの時も「あぁ、そんな場面があったかも…」という感じでした。

逆に、NBTのワークショップを受けた後にGRで『嵐が丘』を読んで見て、「あぁ、そうだったんだ!」と納得することがいっぱいありました。NBTのワークショップでは3つの踊りを習いました。一つはヒースクリフが荒野(ムーア)でキャサリンのことを思い、その亡霊に出会う場面。ヒースクリスの「ワイルド」で「動物的」な面を織り込んだ踊り、と説明がありました。

もう一つはヒースクリフとキャサリンがリントン家を覗きに行って、そこで、お金持ちのお坊ちゃま、お嬢ちゃま達が「バカやってる」場面。これは、小説の方では、エドガーとイサベラがふざけあってる場面になってましたが、リントン家に集った若者がふざけある場面となっていました。

で、3つ目は、キャサリンがケガしてリントン家に泊まり、エドガーと結婚するかも…ということになって、朝目覚める。で、豪華な部屋の中を見まわして、「あぁ、これもあれも、みんな私の物になるのね~」って思う場面。

キャサリンには、そういう所があった…。でも、キャサリンとヒースクリフの愛は不動の物。お互いそのことを知りながら、反発し合ってしまう。で、キィ・フレーズは「ヒースクリフは私以上に私なの」(He is more myself than I am)である、という説明が指導の先生からありました。そのキャサリンのセリフもそのままGRの中にあったのでうれしくなってしまいました。

これらのことを念頭に小説の方を読んでみると、たとえばヒースクリフの野獣っぽいところを「身体で」表す練習をしたので、ぐっと、深くそのことが感じられる。キャサリンの亡霊に出会って、それを恐れる気持ちとキャサリンの思い出にひたる気持ち、それが激しく自分の中でぶつかりあう…。それも、「身体で」表す練習をしたので、なんというか、小説を身体で感じられるというか…。

バレエをやって、「音楽を身体で感じる」ようになった気がするけれど、小説もそれを踊ってみると「身体で感じる」ようになるんですね。

42. 1月29日(木):Wuthering Height (OBW5):1800語:21000語:461800語: ☆☆☆☆☆:
☆いっぱいですが、上にも書いたように、個人的にこの小説(の一部)を「踊った」ため、面白さが増したという側面があります。

43 2月1日(日):David Bcckam (PG1):300語:700語(?):462500語:☆☆☆☆:
ペンギンは個人的にはあまり「好みじゃない!」と思ってましたが、これは、まぁまぁでした。オクスフォードの実話物に比べ、ペンギンの物は「お行儀よく、あたりさわりなく」まとめてるところが、私的には物足りなかったりするんですが。私はベッカムのサッカーすごく好きです(ベッカム個人が好きな訳ではない。>って別に言い訳する必要もないが)。ブルックリンちゃんが熱出してベッカムが病院に行かなかった時のファーガソン監督とベッカムの確執なんかは、丁度仕事でイギリス出張中だったので、リアルタイムでニュースを見てたし、ベッカムが『マイサイド』を出した時もちょうどイギリス出張中だったので、これまたリアルタイムで新聞記事を毎日読んでました。なので、「あぁ、そうそう」って、なつかしい気持ちで読めました。

44 2月3日(火):The Eye of the Storm (CER3):1300語:14000語:475500語: ☆☆☆☆:
日本人とアメリカ人のダブルの女性が日本人である父親からアメリカ人の青年との交際を禁じられます。父親自身はアメリカ人女性と結婚してたんですが…。父親は釣に出るのですが、思わぬ大漁についつい天気予報を聞き逃し、ハリケーンが向かっているのを知らずに海に留まってしまいます。アメリカのハリケーンの破壊力って日本の台風の比じゃないみたいですね。このあたりの描写、迫力あります。で、父を心配してパニックになってる娘のために、その青年は飛行機(水上に着陸できるタイプ)を出すんです。その青年は航空学校に通ってるんです。なかなか面白く読めました。でもさ、娘の名前がIkemiなのはまぁ許せるとして、父の名前がHiruってのはどうかなぁ。「蛭男」とかいう名前?(>ちょっとありそうにないが。でも食いついたらはなれない蛭のような粘り強い男に育つようにっていうのもアリかもしれない) それとも、これ、「ひろ」とか言う感じに発音するのかな? 「ひろなお」とかそういう名前の愛称? 

45 2月5日(木):The Lahti File (CER3):1300語: 13832語:489332語: ☆☆☆☆:
フィンランドが舞台の(国際?)サスペンス。フィンランドは、シベリウスのピアノ小品(とても美しいの。良かったら聴いてみてね。組曲の「樹」と「花」がお薦め)にはまってから一度は行ってみたい国です。これを読んでさらに行きたくなりました。ヘルシンキだけじゃなくて、ラハティにも足を伸ばし、そして、パイエンネ湖を船で縦断してみたい(そういう船があるって書いてありました)と思います。さらにはラハティにもシベリウスの博物館があるらしいことがこの本を読んで分かったので、そこにも行ってみるつもり。サスペンスとしてより「ご当地物」として読んでしまったかも…。