もう一度舞台!(11)-舞台の上で「一人になる」ということ 

「列をそろえる」だのなんだのっていうのを、先生が指導してくれてなかったという訳ではありません。

この時は、なんと(!)、N先生の作品を踊ることが出来、N先生も直々に指導してくださることが多かったのですが、とにかく私がしょっちゅうダメ出しされるのは、「身体の向き」でしたから…。つまり私だけ「ヘン」だったのです。で、やっぱりそういう「そろってない」はちゃんと直してくださっていた訳です。

とにかく私「クロワゼ」が取れてなかったんですよね。T教室では一体どうやってたんだろ。まさかみんながアンファセで踊ってたってこともないと思うんだけど。

ほんと、「一体今まで私は何やってきたんだろ。バレエをやってきたと思っていたけど、何も分かっていなかった」って、すごくすごく悲しかった。

ただ、「みんなで心を合わせて」風のことはN先生はあまりおっしゃらない。

それは、「大人だから」ということもあるのだけれど、これも後になって分かったのだけれど、N先生は、一人一人の踊り手が「自立したダンサー」であって欲しいというタイプの振りつけ家なんですね。

だから、時々、「僕はもう振り渡したからね。あとは知らないよ」などとおっしゃる。また、、「僕は一糸乱れずそろってるような踊りは大嫌いなんだ」というようなことをおっしゃる。

きっと一人一人が、「自分はこの踊りをこう踊りたい」「自分はこう踊るべきだと思う」というのをしっかり持って、それがぶつかり合うところに生まれる「新しい物」が見たい…ということなんだと思います。

ただ、これについては生徒の間では、「そうは言っても我々はそれ以前的な段階なんだからさぁ…」というのがない訳ではなかったりする。このあたりは難しいです。

でも、私は究極的にはN先生のこの姿勢がとても好きなんだと思います。当時はそういう先生の方針がよく分かってなかったのですが。

で、とにかくこの時は、ひたすら「孤独」でした。T教室の発表会では「みんなで」踊る心地よさや楽しさがあった。でも、N教室では「みんなで」踊ってるのにいつも「一人」なんです。すれ違う時に誰も目を合わせてくれない。だれも微笑みかけてくれない。私の方から目を合わせにいっても目をそらされちゃう。笑いかけても私が笑ってるのを見てくれない。

まぁ、T教室の時は「幕物」だったから、そういう「絡み」も、ストーリーの中に位置付けてやりやすかったというのもある。ジゼルの友達として登場する時にお互いに手を振るとか、ジゼルがたおれちゃった時に「だいじょうぶかしら」と心配そうに顔を見合わせるとか…。

N先生の作品はストーリーがある訳じゃないから、「音楽と振り」だけを手がかりに踊っていかなければならない。そういう難しさもあったし、そういう中で他の人と「絡む」難しさもあったと思う。

で、その「一人」っていうのがまた辛かった。

これも「親切」でレッスンメイトが言ってくれたのだけれど、「自分が一番きれいに見える、ということだけ考えて踊ればいいのよ」って。これはもちろん「一理」ある。バレエにおいて「私が」という精神はとても大事。でもさぁ、これアンサンブルだしさぁ。ちょっとガックリきたんだけど、反論もできずぐっと言葉を飲み込んだままだったからよけいストレスもたまる…。

このレッスンメイトの言うことは、「間違い」ではないと思います。そしてこれは「大切」な考え方でもあると思う。結局、バレエというのも色々な「哲学」があって、それぞれが「自分の責任」で「自分のスタンス」を選びと取っていけば良いのだと思う。

子どもだと、このあたりは「先生の言う通りに」ってことで、一応「まとまり」がつくんだけど、大人の場合は、仕事の忙しさ、既婚・未婚の違い、子ナシ・子アリの違いなど、ライフスタイルやライフステージが違うから、物理的にバレエに割ける時間やエネルギーも違っていたり…ということも加わってくるから、こういう状態で「ひとつの作品」を踊るって、すっご~く大変。

まだ色々話せる友達もいなくて、でも、更衣室で別のグループで踊る人に「音楽も振りも好きなのに踊るのが辛い」ともらしたことがあります。そしたら、「音楽も振りも好きなら楽しいはずなのに…。色々考えないで楽しく踊ってしまえばどうかしら」と言われました。

そうなの、楽しいはずなのに楽しく踊れないの。でも、「音と振り」だけは「楽しもう」ってその時思いました。

本番直前には、みんなで自習したりして、とにかく「何とかしよう!」という雰囲気ではあったのだけれど…。そして、舞台袖で一緒に踊る人の一人が「みんな、笑顔で踊ろうね」と言って声をかけてくれた時には思わず涙ぐんでしまったりもしたのだけれど…。彼女はいつも「みんなの踊りがちっともそろってないので踊っていても楽しくない!」と言っていたので、私、いつも自分が責められているのかなぁと思って、びくびくしてたから。

でも、多少、「みんなで」にはなってきたんだけど、本番の舞台の上ではまだすごく孤独でした。

私はバレエって、舞台の上で踊っている人同士の間にコミュニケーションの見えない糸が張り詰めていて、そして一人一人の踊り手から観客へのコミュニケーションの糸が投げかけられていて、そういう複雑にからみあい引っ張り合う糸で織り成していくものだと思っているので、舞台の上で踊っている人同士の間に糸が張れない…という状態が「辛い」と感じるのです。

でも、この時、舞台の上で「一人」になったこと、ならざるを得なかったこと、というのは私のバレエにとって、とても大きなことだったと思います。よく「一人で生きていけない人が二人で生きていける訳がない」というけれど、バレエでコミュニケートしていく上で、徹底してこういう孤独を味わったこと…それが、私の第二の「原点」になっているかもしれないと思います。(>第一の「原点」はT先生の下で「バレエを好きになったこと」です)

それまで、T教室では、子ども達に助けられ(>助けられていることに気づきさえせずに)、子ども達を頼って(>頼っていることに気づきさえせずに)踊ってきまし
た。

でも、これからは、「対等な立場」の人と踊っていく、「同じ立場」の人と踊っていく…。そのためにはまず一度「一人になること」…それが必要だったのかもしれないです。

人と「つながって」踊るためには、一度「一人になること」が必要なのかもしれません。そこの位置から手を伸ばした時に、はじめてその手を掴んでくれる人が現われるのかもしれないです。

もう一度舞台!(10)-「大人」と踊るということ

私にとって、自分と同じような立場の大人と踊る…というのも、実は初めての経験でした。

T教室でも小品を大人の初心者と踊ったことはあるけど、この時は2人だったし、「2人の初心者を先生が懇切丁寧に指導する」という感じで指導していただいてたので、あまり「大人どうしで」というのは感じずにすんだ。

でも、N教室の発表会での作品は大人数名で踊る…というもの。

何にとまどったって、大人は「自分のことで精一杯」なのねってこと。T教室では子どもと踊ってたから、実は、私は子どもに「かばわれて」踊っていた…。そのことに初めて気づきました。私は「自分のことで精一杯」だったけど、ちゃんと周りにも気を遣いながら踊れる子どもと踊ってたからそのことに気づかなかった。

大人でまだ舞台経験が少ない人は、列をそろえるだとか、場合によっては最初に指示された場所じゃない場所に立って、「全体として」あまり「ヘン」に見えないようにする…とか、そういうところまで気を回して踊れない。「自分が間違いなく踊る」ということがまず第一に来る。

そういう、「列をそろえる」とか「隣の人を感じる」とか「すれ違う時に視線や笑みをかわす」とか、一見なんでもなく見えることが、大人には難しいことなんだ…ということ、そういうのを改めて認識しました。

で、T教室で私がこういうことが出来ていた訳ではなく、私のまわりの子ども達がちゃんとこういうことをやってくれていたので、それで私もなんとか踊れていたのだ…ということ、そういうことも改めて分かりました。T教室の子どもたちがいかに「大人」だったのか…ということも。

そして、私みたいな大人と一緒に、ハンディのある私にハンディをあからさまに感じさせずに、楽しく踊ってくれたT教室の子ども達と、そういう子ども達を育てていたT先生に、あらためて感謝しました。パが分かっていないだけじゃなく、「列をそろえる」などの「みんなで踊る」基本が分かっていない大人と踊ることが、どれだけ大変なことだったか…。私が「自分だけが出来ない」とみじめな気持ちになることなく、いつもいつも「楽しい」気持ちで踊れたのは、それは、色々な人に支えられてのことだったのだ…というのが遅まきながら、初めてわかりました。

だから、N教室での発表会の練習は、みんながバラバラで、一人一人が勝手に踊っているような、そんな印象があり、T教室での発表会とのあまりの違いに、最初はどうしていいか分かりませんでした。今になれば、そういう「みんなで踊る」というのも「技術」の一つで、そういう「技術」は簡単には身につかないのだ…ということが分かるのですが、当時はただただとまどうばかりでした。

もう一度舞台!(9)-次々と私を襲う不幸

発表会の練習が始まる直前、、「発表会も近いから出られる時には週2回出ておこう…」と、仕事でうんと疲れていたのにレッスンに向かう途中で段差を踏み外して捻挫してしまい、発表会の振りつけが始まる前はしばらくレッスン出来なかったし、レッスンが始まってからも、ジャンプで着地したりすると足首が痛みました。

疲れている時には休むに限ります。

さらに、最悪なことに、Qがおたふく風邪になり、実はおたふく風邪をやってなかった夫がそれにうつり、高熱で入院…。これで、しばらくレッスンに出られない時期が出来てしまいました。

泣きっ面に蜂。

練習になかなか出られない。出れば無茶苦茶直される…。振りはあいまいにしかはいってない…。

さらに、私、留学中に論文を書き終えられなくて、帰国してからようやく書き上げ、でもちょっとしたミスがあって(1ページ抜けてた)、再提出して、や~っと無事に卒業できることになり、苦労をかけたQや留学中助けてくれた母も連れて一家で卒業式に出るために発表会の3週間前に1週間イギリスにも行くことになっており…。

踏んだり蹴ったり。

でも、レッスンメイトの一人が、見るに見かねて「私が教えてあげるから紙に書きなさい」と言って、振りを教えてくれました。(>感謝)この紙を頼りに飛行機の中や宿で一生懸命復習をしました。(>ありがとう!)

で、別のレッスンメイトに「イギリスから帰ったら突然振りが入ってるので驚いてしまった」と言われるとこまではなんとか挽回。

とにかく週1回では、もうどうしようもない状態だったので、火曜日もベビー・シッターさんを頼んで週2回レッスンに行くことにしました。

そんなある日、レッスンメイトから「あのね、腕が縮んでるからあなただけお婆さんみたいよ」と言われて(>これ、好意で言ってくれたんですが。彼女に言われたことは今も私の課題です。これ言ってくれた人、私に振りを教えてくれた人だし。だからとても親切な人なんです)、ず~んと落ち込みながら家に帰ると、「保育園にカギが預けていなかったので私の家で面倒を見ています」というベビーシッターさんの置手紙が…。

何やってんだ、私。この日はQを保育園に送り、いったん家に帰ってから職場に出たのですが、本当はもう一度保育園に行って、カギを預けてこなければならなかったのに、「うっかり」してしまったんです。仕事とバレエと育児でくたくたになって、頭も限界だったみたいです。

なんでこんなにまでしてバレエがやりたいんだろ、Qにこんな迷惑かけてまで、なんで発表会に出る必要なんかあるんだろ、しかも、「お婆さんみたい」にしか踊れないのに…。

T教室でバレエをしていた時は「楽しい」だけでやってきた。でも、バレエを始めて、はじめて「辛い」と思いました。

ベビーシッターさんのお家でQは楽しく遊んでいたみたいなんですが、なにせ、10時からの練習が終わってから自宅に帰ったら置手紙…という状態でしたから、シッターさんのお家からタクシーで自宅に着いた時はもう夜中。こんな小さな子を振りまわして、なんていう母親なんだ!と、タクシーの中でも涙がこぼれました。

色々なことがあって、振りが入るのに時間がかかってしまったし、自信を持って踊れてなかったので、ちょっとしたレッスンメイトの言葉にも「それって、ひょっとして私のこと?」と疑心暗鬼になってしまったり、とにかくこの時の発表会は辛かったです。

初心者は教室にとって「手垢のついていない人」。すべての進歩はその教室に帰属するもの。

でも、中途採用(?)の人って、レッスンメイトにも「どれくらい踊れるのかしら」と値踏みするような目で見られているような気がして、そういう点でも、「無条件に」受け入れてもらえていたT教室とは違い、「遠巻きに値踏みされてる」ような居心地の悪さもありました。

まぁ、これはまわりの問題というより、多分に私自身の問題だったと思うのですが…。

これについては、後になって、りっくさんのHP
(http://www2u.biglobe.ne.jp/~rickey/)の掲示板で「新しく入って来た人はすぐにやめてしまうかもしれないから、しばらくの間は様子を見る」「いきなり仲良くはしない」というようなことがある、と知りました。

その後、N教室にしばらくいるうちに、この教室は「人の回転」が速いということがだんだん分かってきました。だから、「遠巻きにされている」ような感じというのは、実は、とても「自然」なことだったのだ…ということも分かりました。私も「いついなくなるか分からない人」だったんだと思います。

そもそも私は出席率もそれまで良い方じゃなかったので、「どんな人か分からない」人だったんだと思います。一緒に踊る人達も、私はいつも初等科のクラスに出てたけど、初心者クラスに所属の人もいて、レッスンでも顔を合わせることのない人もいたし。

だから、レッスンメイトの立場になって考えてみれば、ごくごくあたりまえのことだし、また、妙になれなれしくするのもかえって不自然なことだったのだと思います。

ただ、当時は、そういうことが分かってなかったので、とてもさみしい思いをしました。

もう一度舞台!(8)-「教室を変わる」=「一から出なおす」 

N教室では、「大人」の場合、「上手な人」と「あまり上手じゃない人」は「グルーピング」が違う。私は「あまり上手じゃない人」グループでした。で、ポアントではなく、バレエ・シューズでの踊りにグループ分けされました。

T教室ではアダージオのクラスに出していただいたりしてたし、「大人で始めたにしては悪くないんじゃ?」とうぬぼれてた面が正直言ってあった…。でも、それはN教室では全然通用しない程度の「技術」でしかなかった…。私のバレエはその程度でした。

「教室を変わる」ということは「一から出なおす」ということでもあります。

練習が始まって、私の「うぬぼれ」は、さらにこなごなに打ち砕かれていきます。なんというか、「これまでやってきたことって、一体なんだったの?」っていう感じに、次々直されるんです。

私が最も出来ていなかった点はエポールマン。

つらつら思うに、T教室では、まわりの子ども達が私がヘンな角度で踊っていても「かばって」くれてたんだと思うんです。だから、私は自分が「ヘン」っていうのに気づかずに来てしまっていた。

落ち込みました。

もう一度舞台!(7)-発表会におけるインフォームド・コンセント 

そうこうしているうちに発表会の「お知らせ」をいただきました。そこには、「週1回で3年以上(だったかな?)、週2回で1年以上を経た人」というような、「出場資格」が書いてありました。そして、「他教室での経験年数も含む」とあったので、私の場合、「出場資格」は軽くクリア。

で、練習時間については、「初心者クラスの人は初心者クラスの後に、初等科の人はレッスン時間内に練習します」と書いてありました。

N教室に通い出して半年ぐらいのことでしたので、まだ教室の仕組みもよく分かっていなかったのでしたが、この教室に入門した目的が「もう一度舞台!」だったので迷わず出場を決めました。Qもまだまだ小さかったし、「週1回の人で○年」ということは、「週1回の人でも出場が許される」=「発表会の練習は週1回でもこなせる」と思った(>思ってしまった)というのもあります。

T教室で、幕物を踊ってた時は発表会といえば、幕物の中に2つや3つは踊りがあり、それ以外に小品があったので、「いっぱい」踊るのが普通でした。それに比べれば、小品一つくらい週1でも何とかなるだろう…と思った(>思っててしまった)というのもあります。

このあたりのことは、ほんと、「不文律」というか、だんだんに「各教室の文化」を肌身で感じて学んでいくしかないのですが、当時の私は「舞台に出たい!」ということに目がくらんでる状態でしたから、とにかく、その「出たい」一心で突き進んでしまってました。

で、いよいよ練習が始まるという時になって、「あなたは初心者クラスで出てもらうので、練習は火曜日と金曜日の夜10時からです」と言われ、「ひぇ~!!!!!」と驚いた…という次第。

「大人」はたとえ「初等科」に属していても、「初等科」の時間帯に練習があるとは限らない…という「ルール」があったことを私は知らなかった。「初等科」の時間帯は「初等科」に所属している中学生・高校生の子の作品をそのレッスン時間内で練習することが多いのです。

まあ、でも、金曜日は夫がいてくれる日なので、夜遅くてもなんとかなるだろう…と思い(>この時点では週1で何とかしようと思っていた。火曜日は夫がいない日だから)、とりあえずは、「うそ! 聞いてないよ!」と思ったけど、なんとかしようと思いました。

「教室を変わる」ということは、こういう「カルチャー・ショック」に次々見舞われることです。

もちろん、はじめての教室ではじめての発表会に出る…というのも「カルチャー・ショック」ではあるのだけれど、その場合は「比べる物がない」というのも逆に強みになるし、また、みんなが「彼女ははじめて」ということを知っているのでフォローがあるけれど、経験者で教室移ると、そのあたりのフォローがなかったりする。

ほんとは、教室を変わって新しく入ってきた人には、もうちょっとこのあたりのフォローが欲しいところです。でも、長い間一つの教室にいると、そこの文化が「常識」になってしまっていて、新しい人が「どこでとまどうか」っていうのは見えにくいかもしれないです。

そもそも助教の先生たち、N教室育ちだから、私がT教室での発表会のあり方を「そんなもんか」とすべて受け入れてたのと同様に、「発表会ってそんなもん」と思ってらっしゃるというのもあると思う。そして、どこの教室でも発表会の前って修羅場だし、先生達は本当にお忙しい。

だから、このあたりは、生徒同士で補っていかないといけないのかなぁと思います。私も最近ではN教室のやり方に慣れてしまっていて、新しい人が来てもどこでとまどいを感じているか…というのを感じ取る感覚が鈍ってきてしまってる面もあるんだけど、新しい人やはじめて発表会に出る人にはなるべく「声かけ」をして、私で補えるところは補いたいと思っています。

私は「踊り」で教室に貢献することは出来ないけれど、N教室が大好きだから、こういうことで少しでも貢献できれば…と思っているんです。

もう一度舞台!(6)-N教室での初レッスン 

これはもう「楽しかった!」の一言にすぎます。とにかくのびのびと動けるレッスンでした。

久しぶりの日本でのレッスン。先生は若くて元気いっぱいのK先生。顔からあふれそうな笑顔。広い教室いっぱいに響く大きな声。大人の生徒にもちゃんと注意がもらえるレッスン。

生徒は中学生・高校生が主体で大人は2~3名だったのかな?

「つなぎ」で通ってたカルチャーでちょっとだけポアントを履いたけれど、Qを産んで以来ポアントから遠ざかっていた私・…。

でも、K先生のレッスンではフロアの途中からポアントになり、一応用意してったポアントを履きました。先生には数年間ポアントは履いてないことをお話しして。

でも、ポアントも自転車と同じで、一度覚えればそう簡単には忘れないみたい。レッスン終わってから、「ポアントも履いちゃっても大丈夫みたいね。履いちゃってください」と許可も出て、ポアントも復活!

ようやく、自分のバレエの「基地」が出来たような気分でした。とにかく週1回のレッスンが楽しみでした。まだQも小さく、自分の仕事も忙しく、なかなか毎週コンスタントに…という訳には行きませんでしたが。

でも、ようやく「落ちついて」レッスンに通えるようになりました。

T教室を去ってからは、Qの出産後にバレエ復帰させてもらったR教室も、いずれはT先生の所かそことゆかりの所に「帰る」という気持ちで所属していたし、2年後には海外研修に出ることが分かっていたので「それまで」という「腰掛け」な気持ちがありました。

イギリスでのバレエも「2年後には日本に帰る」という状況の中でのバレエでした。日本に帰ったら、また「舞台に復帰するんだ!」という思いで過ごしていたので、この時もなんだか「腰掛け」な気持ちでした。

「つなぎ」のカルチャーに通ってた時も、「夏の発表会が終わったらN教室に入れてもらうんだ」という「腰掛け」な気持ちでした。

でも、これでようやく「長期的見通し」のもとにバレエが出来る状況になりました。

もう一度舞台!(5)-N教室に入門&余計な一言 

という訳で、発表会が終わってすぐ、N教室に入門しました。

その時、以前、T先生のところでバレエを習っていたこと、子どもを産んでからも近所のR教室でバレエを再開したこと、その後イギリスに2年間留学し、その間も細々とバレエを続けていたこと…など。そして帰国してバレエを再開したいと思っていること…など。

今思うと、「R先生のところでやっていた」という情報は「余計」だったかもしれないです。「イギリスに行く前はR教室でやってた」とお話しした時、Sy先生が一瞬「ひかれた」ように思いました。

「教室を変わる」ということ…。そこには理由があるはず。何故、R先生のところではダメだったのかしら?というような素朴な疑問を持たれたのではないかと思います。

仕事だってそうですよね。転職を繰り返す人は警戒されるということはあると思う。簡単に転職する人は、その職場だって気に入らないことがあれば出ていくでしょう…。(>日本的脈絡ではね。アメリカなんかだと「転職」する「能力」のない人…となるのかもしれません)

あるいは、逆に、何故N先生のところに来たいか…ということを、もっと「正直に」「率直に」言えば良かった…と思っています。つまり、私は、T先生に初めてバレエの楽しさを教えていただいて、「少しでもT先生に近いところでバレエをやりたかった」…。これは、N先生の門を叩く大きな理由の一つでした。そして、子どもが小さいので、T先生の教室に関係がある所で通い易いところ…と探して行ってN先生の教室に行き当たったこと。これも本当のこと。舞台でN先生とご一緒させていただいて、N先生の踊りが好きだったこと。これも本当のこと。T先生がいつもSy先生のことを誉めてらしたこと。これも本当のこと。

こんなに一杯ある「本当のこと」をきっちりお伝えできなかったのは「失敗」だったなぁと思います。

私は「R先生のところには何等かの理由で戻らずにうちに来た人」と思われたのではないかと思います。そして、「何か不満があれば、うちも出て行く人」と思われたのではないかと思います。

まぁ、被害妄想かもしれないんですが・…。

もう一度舞台!(4)-N教室の発表会を見に行く 

N教室には「発表会が終わったら」入門させてくださるということでしたので、まずは発表会を見に行きました。その教室に入門するかどうかを判断するために、「発表会を見る」は重要だと思います。

その教室がどういうコンセプトで舞台を作るか、何を大切にバレエを教えているか、何を美しいと感じているか…そいういうことが表れるのが発表会だからです。

発表会を見てまず思ったことは、基本を大切にしているということ。ここは「教え」もきちんとしてるな、ということです。「教え」がきちんとしてるかどうかは、子どもを見れば一目瞭然ですが、T教室の子どもに比べるとはるかにきちんと踊れている、と思いました。

そして、作品の雰囲気が良い。温かい感じ。R教室の作品は鋭角的でおしゃれなんですが、N教室のは柔らかいほんわかした雰囲気がある。モダンっぽい振りつけがあるのも気に入りました。「いつまでもお姫様って年じゃないし…」というのもあり、いずれはモダンっぽいのも踊ってみたいなぁと思っていたからです。

大人はグループで小品を踊っていましたが、これなら私でもついていけるかなぁ…
と、何となく、N教室で「もう一度舞台!」を実現する「見通し」のようなものも立ったような気がしました。比較的短い作品1つに大人は出ている…という感じでしたので、幕物の練習につきあう…というのは無理でも、小品1つなら子どももまだ小さいけれど何とかなるんじゃないか…そんな風に思いました。

で、基礎もある程度きちんとしているし、舞台の雰囲気も好き。で、T教室ともつながりがあるので、T先生ともつながっていられる…そういうことを考え、発表会が終わったらすぐに連絡しよう!と心に決めて会場を後にしたのでした。

もう一度舞台!(3)-カルチャー・センターに身を寄せる

で、N教室に入門出来るまでの「4ヶ月」という期限があるので、教室に入門するのはやめてカルチャー・センターのバレエ・クラスを探しました。無知な私は当時、フィットネス・クラブのバレエ・クラスというものの存在を知らず、今思えばそちらでも良かったのかもしれないですけれどね。

そして、比較的通い易い所にカルチャー・センターを見つけ、受け付けで相談するといくつかあるバレエ・クラスのうちの一つを勧めてくれました。で、さっそく見学に行きました。先生は外国のバレエ学校にも留学されたり、外国でも踊った経験のある、なかなか華麗な経歴の方です。

久しぶりの日本のバレエ・クラス…。見ていると身体が動いてしまって、先生も「あら、あなたやってらしたんでしょ? 是非一緒にやりましょう!」と言って下さり、そこのクラスに入ることにしました。

クラスはなかなか楽しかったです。この先生は別のところにご自分の教室も持ってらして、さらに他のカルチャー・センターでも教えてらして、そういうのを全部合わせると生徒さんの総数がとても多いみたい。で、あちこちでやってる教室の舞台に違うところで習ってる人も出して下さる…ということで、舞台の機会は多そうでした。

私が入った時も、レ・シルだったかジゼルだったか、「白い」バレエの練習中で、レッスンの最後の方にはその練習が入りました。出ない人も適当にポジションを与えられて練習させてもらいました。「良かったらあなたも出ない?」と言われたのだけれど、さすがに日本に帰国したばかりで生活の方も落ちついてないし、それは諦めました。

しかし、ここに籍をおいて「舞台に出まくる」という選択肢もアリなのだ…と思いました。ここにいれば「色々踊れるぞ~!」と思いました。

舞台の練習以外にもVaをレッスンに取り入れたり、そういうのもあって、ここでやってれば、本当に色々なことが体験できそう…そう思いました。

また、この先生は、外国で踊っていた関係もあるのか、ダンサーの知り合いも多く、「こないだ○○(ビッグ・ネーム)に会った時に…」などの話も出て、業界裏話…みたいなのもけっこう聞く機会があり、これはこれで面白かった・・。

で、ご自分が留学されてた国へのレッスン・ツアーの引率も頻繁にされていて、そこで習ってる人達もよく行ってたみたい。それもちょっと魅力ではあった。

でも、結局はここに留まることはしませんでした。一つには、カルチャーはやっぱりカルチャーなので(と当時の私は思っていた)、「教室に根をおろしたかった」ということがあります。

もう一つには、この先生、舞台が近くなってきて時間が不足してくると、バーを片側しかやらないことがあるの。私、これがどうしてもダメなんだよね。そういう「やり方」も「アリ」でしょうし、気にならない人もいるのだと思うし、そういう「やり方」をあえて採用することで、「別の物」を得るということはあるのだと思う。カルチャーは時間の制限が厳しいから、その枠内で「何かを捨てて何かを得る」しかないんだと思う。だけど、私はどうもそれは気持ち悪くて…。

そして、さらにもう一つは、有名人のウワサを含めた「業界裏話」は面白くないことはないのだけれど、私、「有名人と知り合い」というのをひけらかす人ってあまり好きじゃないの。

誰だって「有名人と知り合い」ってのはちょっと鼻が高い。で、「私、○○さんと知り合いなのぉ」って言いたいのは、それは私も同じ。「ちあきさんの出待ちしちゃったよぉ!ちあきさんとお話ししちゃったんだよぉ!」ってみんなに言いふらしたい気持ちはある。

でも、その時、その人が「何のために」その話をするか、というのがある。「ちょっと自慢したい」…これは私にもあるし、自然な感情だと思う。うれしくて、うれしくて、ついみんなにも聞いてもらいたくなっちゃう、それも自然。

その有名人のことが好きで、みんなにも、その人のこともっと良く知って欲しくて、「ちあきさんってこんなにステキな人なのぉ!」って叫びたい気持ち。多分それも自然。

でも、それを「そんな有名人と知り合いの私ってすごいでしょ?」という「自分の力の証明」に使っているかどうか…。その先生の場合、「有名人と知り合い」を「自分の力の証明」に使ってる気がした。

私、そういう人もダメなんだよね。「ちょっと自慢しちゃいたい」という「自然」な 「俗物根性」を越えて、「力のある人と知り合いである」ことを自慢する人…。「自分の力で勝負しろよ!」と言いたくなってしまうのよ。

ま、これは私の「深読み」かもしれないし、あるいは私自身の心にどこか「ひがみ」や「ゆがみ」のようなものがあって、先生のおっしゃることを「曲げて」取っていたのかもしれません。とても気さくな感じの先生だったし、先生を慕う生徒さんも数多く、先生のまわりには、幾重にも人の輪が出来ていたと思います。

結局それは「相性」のようなものですね。力もあるし素晴らしい先生だったのだと思うけれど、私が求めているものとどこかで少し違うような気がした。私にはどことなく「違和感」があった。もう少し長く付き合っていけば、また違ったのかもしれないけれど…。

…という訳で、あるいはそこに行ってれば、今ごろ幕物だって何回も出るチャンスがあったと思うし、ひょっとしたらアダージオなんかだってやらせてもらえてたかもしれなかったりはするんだけど(そこまで大人にやらせてたかどうかは不明だけど。でも、あの先生だったら、私、かえって気楽に「アダージオやってみたいんですぅ」っ て交渉できた気がするな)、結局、そういう道は選ばなかった…という訳であります。

結局、「相性」みたいなものですよね。私には「ちょっと…」という先生でも他の人には「素晴らしい」こともあるし、私には「素晴らしい」先生も他の人には「ちょっと…」ということもある。

そして、中に入ってみないことには分からないこともいっぱいだし、私はその先生のことは深く知るチャンス自体を「放棄」してしまったのだけれど、「第一印象」や「浅いつきあい」での印象というのは違ってることもある。

そもそも私自身、R先生に対してだって、「素晴らしい」とは思っていたけれど、助教の先生や生徒さん達の間でR先生がカリスマ的な存在になってるのには、当初は「違和感」があったの。先生のお人柄をより深く知るようになった今は私にとってもR先生はカリスマだけど。

だから、本当にあの選択(>カルチャーを選ばなかった)が正しかったかどうかは今も不明です。でも、私は、その時の「違和感」を大切にして、結局N教室に入門することに決めたのです。

もう一度舞台!(2)-N教室の門を叩く 

さて、イギリスから帰国してN教室に入門しようと思い、電話をしました。以前、T先生のところでバレエを習っていたこと、子どもを産んでからも近所の教室でバレエを再開したこと、その後イギリスに2年間留学し、その間も細々とバレエを続けていたこと…など。

ところが、私の電話に対し、「あなたの場合、初等科に入ってもらうことになるけれど、今発表会の練習に入ってしまっているので、バーだけになってしまうし、初心者クラスは発表会に関係なく普通の練習しているのですが、現在人数が多いのでそこに出ていただく訳にはいかないので、発表会が終わるまで待ってください」とのこと。

あらま…。

そこで仕方なく、夏の発表会が終わるまで、カルチャーなり何なりで「入門待ち」となりました。ま、そこのカルチャーがうんと気に入れば、そっちに入門してもいい訳だしね。

それに、本当は、イギリスに行く前にN教室の発表会を見て、「この教室でもう一度舞台!」というので良いか?というのを確かめておくつもりで、問い合わせの電話を入れたことがあるんです。で、結局うまく都合がつかなくて見に行けなかった…。

そういうことを考えるなら、今回、入門前に発表会も見ることが出来る訳だし、その点ではかえって良かったと思います。発表会を見ずに入門するのは、「舞台に出たい」ということであれば、リスキーですもんね。