前年、仕事にまぎれて出場しなかったVa大会、「今年は出るぞ!」と、そうそうに申し込み。
何を踊ろうかなぁ・・・と思ったのですが、「ドン・キ」にすることにしました。
こちらに「技術」や「目」が出来ていないと、どの踊りがどの程度難しいかっていうのは、分からないものです。私としては、色々なVaを、手元にある映像でチェックした限りで、「白鳥」なんかは派手なパもないし、いいんじゃないかと思ったんですが、「先生、白鳥はどうでしょう?」と聞くと、「白鳥は難しいですよ~」と、思い切り却下。
で、「じゃあ、ドン・キはどうでしょう?」と言うと、「あ、ドン・キはいいと思います」と即O.K.が出ました。
あ、O.K.が出たっていっても、「そのまま」踊れる訳じゃなくて、「簡単バージョン」なんですけど。だから、私が踊ったのは「キトリ」じゃなくて「キトリもどき」。最初の部分のグランパデシャもソデシャにグレード・ダウンしたものです。
そもそも、Vaの「オリジナル」って何?というのは、実は、そんなに単純じゃないですよね。バレエ団によっても少しずつ振り付けが違うし。だから、別に「キトリもどき」でもいいんですが、いつかは、世の中で良く踊られている振りを易しくしない「普及版」バージョンで踊れる力をつけたいものです。
しかしまぁ、「簡単バージョン」でも充分に難しく、かなりの苦戦。でも、キトリは「お得なVaだなぁ」と思いました。すごく良く出来た振り付けだなぁと。つまり、「みば」がいい、というか、「同じ技術」でも「派手」に、また「難しいことをやってるように」見え、また「見ごたえがある」んです。
ピアノでも、ピアノのメカニズムをよく理解してそれを最大限に生かすことの上手な作曲家とそうでない(>あるいはあえてそうしない?)作曲家がいます。ショパンなんかは、ピアノのことをすご~く良く分かっている。
逆にチャイコフスキーは、ピアノという楽器を生かしきれてないというか、すっごく弾きにくいのに、聴いてる側には「簡単」で「地味」な曲に聞こえてしまって、「苦労した割りには上手に聞こえない」っていう、アマチュアの発表会レベルの関心で言うならば、「ちょっと損」な作曲家です。
ただ、これも私のロシア人の友人に言わせれば(>ロシアのピアノ教育ではチャイコフスキーの曲をいっぱい弾かされるらしい)、「それこそチャイコフスキーが本物である証拠」ということなんだそう。「簡単そうに聞こえるけれど、本当はすごく難しい…。本当に良い物ってそういうものよ」と。
まぁ、これ、「好み」とか「相性」っていうのもあるんでしょうね。私はチャイコフスキーは聴くのは好きだけど、弾くのは今一つ「快感」が感じられない作曲家です。でも、Qはチャイコフスキーすごく好きで、とても「らしく」弾きます。
それはともかく、最後のピョコピョコやるやつの2回床をチョンチョンするところに(も)苦労しながら、自分なりにではありますが、踊りをまとめて行きました。ビデオを見たりして、キトリのイメージを膨らませたり…そういうのも楽しかったです。この時は、初めてネットの友達が舞台を見に来てくれました。