私のダイエット (5)-「計るだけダイエット」

私が最近やっているのは、NHKの「ためしてガッテン」で放映されたという「計るだけダイエット」。「ためしてガッテン」のテキストの臨時増刊号に詳しくその内容が書かれています。

本屋さんで、この「計るだけダイエット」というタイトルの冊子を見つけた時は、むむむ…と思いました。ぱらぱらページをめくってみるとなかなか面白そう。

でも、「ダイエット本」って、買う時、なんでこんなに恥ずかしいのかなぁ…。お金払って買うんだからさ、もっと堂々としててもいいのにさ…。

私、見た目は普通人としては「普通」だから、「これ以上痩せようとするなんてマスコミに踊らされてんのね。バカな女」と思われるんじゃないか?とか、「一応普通の体重してるみたいだけど、この程度の体重キープするのに苦労して苦労してキープしてるのね。お気の毒」と思われているんじゃないか?とかさ…。

考えすぎ?あるいは、被害妄想?とも思うけど。まぁ、本当に太めの人がダイエット本を買うのも、やっぱりイヤだとは思うけど…。

でも、とにかく「役立つ」感じがしたので、「恥を忍んで」購入しました。これねぇ、装丁もハデで、どピンク、どオレンジがふんだんに使われており、カウンターに持っていくの、余計恥ずかしかったんだよなぁ…。

しかし、家に帰って読んでみるならば、ふむふむ、なかなか良いかも。

この「計るだけダイエット」のコンセプトは、とにかく朝と夜に体重を計って記録する。で、それにプラスして1日1万歩歩く、ということです。

記録することで、自分の生活の「クセ」のようなもの、太る「原因」のようなものが「つかめる」んだそう。そして、自然に生活を「正す」作用が働き、体重は減っていく…んだそう。

曰く、太るきっかけは「無意識」のうちにあることが多く、自分ではそんなに食べてないつもりでも食べすぎの日が続いたりしているうちに体重が増加してしまう。でも、それを「記録」という形で目に見える形にしてあげるのが大事なんだって。

でね、グラフにするんだけど、日付欄の大きさに比べ、体重の目盛りを大きく取ってあるの。だから、0.1kg減っただけでも、「おぉ!」と減った感じがする。0.5kg減った日にゃ、「おぉぉぉ!!!」という感じです。

この「やせた!」という実感がね、大事なんだって。

なんでも、これまでのダイエットの失敗は「脳の化学反応」を無視しているところにあったんだって。脳内には「脳内痩せクスリ」と言われるレプチンという物質が出てるそうで、脂肪細胞に脂肪がたまってくると、「食べるのをやめなさい」って脳に命令するんだって。

ところが、急にやせるとレプチンの量が激減し、食欲が抑えられなくやってしまうんだって。

さらに恐ろしいことに、レプチンは一定以上太ってあまりに大量に分泌されてしまうと、脳がレプチンを受け入れなくなってしまうんだって。

だから、リバウンドで(一定以上)太ってしまうと、もう、「食べるのをやめなさい」信号が効かなくなってしまい、「太る悪循環」に陥ってしまうんだって。

こわい!!!!

でね、ダイエットしてる時って、無償に甘いものや油っこい物を食べたくなったりするけど、これはアブラや砂糖を摂ると、脳の中に「麻薬」と尾奈Jいような強い快感を与える、β-エンドルフィンという「快感物質」が出るんだって。だから、油や糖分を断つのってむずかしいんだって。

でも、これに代わり「うまみ成分」も同じような効果があるので、だしなどを有効に使う手があるのだけれど、「うまみ成分」と同じように、体重の減少をビジュアル化することによって、油や糖分を取った時の快感に「体重が減った!」という快感を「置き換える」ことが出来るんだって。

NHKの番組での実績では、83%の人に体重減の成果があったとか・…。

たしかに、「最近、太った気がするなぁ」っていう時って、体重計に乗りたくない。で、ずるずるしている間にどんどん増えて、「ぎゃ~!!!」となったりする。そこで、そういう時こそ、「えいや!」と計っておけば、翌日からの生活にブレーキがかかって、「サイアク」の事態にいたる前に「増加」にストップがかかる…というのはある。

また、グラフには「言い訳」の欄があり、あ~あ、体重増えちまったなぁ、という時でも、「昨夜は宴会があったので」とか「ついつい間食にラーメンを食べてしまった」とか書いておくと、自分の食生活の見直しにもなるのです。あるいは、「社会人」として「果たさねばならない」もろもろの「義理」が、いかに自分の体重増加に関係しているか、とかね。

そういう自分が太る原因となっている生活スタイルや食事の傾向っていうのが分かれば、「対策」も立てやすい。あるいは、太った時も焦らない。

女性の場合は、女性特有のサイクルとも関係があるみたい。

自分の体調のバロメータにもなります。夜と朝の体重差があまりない時なんかは、代謝が悪くなっている…とかね。

まぁ、これも、実は、そんなにマジメにはやってなかったりするのだけれど(>煩雑なので記録は朝のみ。しかもそれもサボりがち)、でも、多少の「精神的」「歯止め」になってるのかなぁ…。

私はグラフにするのは面倒で、すぐにやめてしまって、日記に体重を記録しているだけなんですが(>でも、2005年度発表会を前にまた始めています。ノド元過ぎるとまた忘れそうだが)、本当はビジュアル化する方がいいと思います。グラフが右下がりになっていくと、うれしいしね。

で、「なるほど~」と思ったのは、目盛りが100グラムの体重計を買いなさいっていうこと。つまり、200グラム減ったとして、200グラム目盛りの体重計だと、「1回しか喜べない」けど、100グラム刻みなら「2回喜べる」っていうんです。そういう「減ってうれしい!」という気持ちがダイエットには大事なんだって。

なので、買いました。100グラム目盛りの体重計…。

「毎日1万歩歩く」もなかなか毎日って訳には行かないんだけど、それでも、なるべく最低5000歩、出来たら7500歩は歩きたいと思っている。私の知っている人で、お年を召しても丈夫な人って、たいてい「良く歩いている」人なんだよね。歩くことってとっても健康にいいみたい。

「計るだけダイエット」は「ダイエット」というよりは、「健康法」っていう感じで、「ぎゃ~!!!」という体重になることの「ある程度の予防」にはなってるけど、今のところ、私に関しては、「体重が減る」というところにはいたっておりません。でも、健康あってのバレエなので、ま、いっか。

私のダイエット (5)-体脂肪燃焼大作戦

「体重」だけで見るならば、一般人としては「太って」はいない私…。

でも、実は「体脂肪率」が意外に高く、いわゆる「隠れ肥満」ゾーンに…。

我が家には体脂肪計がないので、あんまり気にしていなかったのですが、2002年の秋から冬にかけて、体重の方もかなり増加傾向にあり、「こりゃ、なんとかしないとやばい!」というとこまで来てました。

そこで、とにかく「脂肪を燃やす」には「有酸素運動だ!」というので、万歩計を買い、「歩く」とか、自転車を乗りまわすとか、フィットネスクラブでサイクルマシンを漕ぐとか、エアロビのクラスに出るとか…まぁ、それなりに努力しました。

そして、努力の結果、体脂肪率は「隠れ肥満」ゾーンを突破! そして、一時期は、20%を割る!という素晴らしい成果を上げたのでありました。(>ぱちぱちぱち!)

まぁ、その後、あんまり努力してないので、ひょっとするとまた「隠れ肥満」ゾーンに戻ってしまっているかもしれません。

でも、体重を減らすのは大変だけど(>体脂肪が減ったと時も体重はそんなには減っていない)、体脂肪は運動すれば減る!というのが分かったのは成果でありました。

私のダイエット (4)-出産で激ヤセ&バレエ・ダンサーの身体

バレエ・ダンサーはなんであんなに細いんでしょうね。全員が「普通人」としては健康診断で「痩せすぎ」とカテゴライズされる体重だと思います。

歴史貫通的に普遍的なものとして存在すると思われがちな「身体」も、実は歴史性を持っている…というのは、最近の歴史学が説くところでありますが、実際、人間の身体って、どんどん変わってってるよね。古い写真で見ると、昔のダンサーって、もっとぽっちゃりしてるし、手足も短い。

現代においては、パリ・オペラ座の女性ダンサー達は、「あなたたちと私は同じ人類?」っていうくらい手足が長くて顔が小さくて細い。

なぜそれを人は(>私は?)、「美しい」と感じるのだろう…というのは、私にはよく分からないのだけれど、でも、ため息が出るほど彼女たちは美しい。

まぁ、アマチュアの場合は、「細い」だけでは、「美しい」とはならないのだけれど。ちょっとぽっちゃりしててもバレエ的ぽっちゃりの人の方が非バレエ的スリムより「美しい」という場合もある。筋肉のつき方や、バレエ的な「動き」も、「美しい」の重要な要素です。

でも、同じ人間なら、多分「細い」(>ある程度)方がバレエチックです。

実は、出産後、母乳のトラブルで激ヤセしました。森下洋子さん並の体重にまで体重が落ちました。そもそも母乳をやってる状態って1日700キロカロリーも消費するらしいから、それでなくても「普通に食べてる」状態でもダイエットなのに、母乳のトラブルによって、「拒食症」状態に陥ってしまったもので。

乳腺炎というのになったんですが、母乳がつまるのは、現代人が油っこいものや甘いものばっかり食べているから・・というのを聞いて、こわくて油っぽいものや甘い物が食べられなくなってしまったんです。米と野菜、ほんのぽっちりの魚・・というような日々がしばらく続きました。幸い乳腺炎の方は母乳マッサージに通い、10ヶ月までは母乳を飲ませ続けることが出来ました。(>乳腺炎以降は、人工乳と「混合」でしたが)

世の中には「母乳ファシスト」と言われる、「赤ちゃんは母乳で育てるべきです。お勤めなんぞやめなさい!」と言う系統の母乳マッサージの人たちも多いのですが、私が通ったところは、「働きながらでも母乳育児は出来る」というコンセプトのところで、そこで励ましてもらいながら、多くのことを学びながら、職場復帰後も母乳育児が出来て本当に楽しかったです。母乳を飲ませるっていうのは、とっても楽しい行為です。

自分の身体から沸き上がってくるモノを我が子がおいしそうに幸せそうにゴクゴクと飲んでくれる時間っていうのは、自分が「動物」に戻ったような「原始的な」気分にもなる。こうやって命の輪がつながってきたのだなぁ…と、自分が他の「動物」たちや地球や宇宙と一体化したような気持ちになる。

まだまだ母乳は出てたので、飲ませ続けたかったのだけど、タイ出張が入っていたので、10ヶ月で断乳しました。母乳マッサージの人は「大丈夫よぉ。1週間や2週間だったら、マッサージ続けてれば帰国してからまた再開できます!!!」とおっしゃったのですが、私としては、乳腺炎になったときの「恐怖の体験」がトラウマになっていて(>夜中に突然高熱が出てガタガタ震えがとまらなくなった。理由が分からなかったので、「ひょっとして胎盤が残っていたのだろうか。私はこのまま死ぬのだろうか」と思った。胎盤が残っていると死ぬらしい)、それは出来ませんでした。

それはともかく、断乳しても、育児が大変だったせいか、体重は、森下洋子さん状態からは脱したものの、以前の体重には戻らず、スリムな状態が続きました。断乳を機にバレエも再開したんですが、鏡に写る我がレオタード姿を見て、「そっかぁ、やっぱバレエって細い方がいいのねぇ」と改めて思ったんですよね。

その後も1年くらいはその体重をキープしてたんですが(>食べても太らなかった)、留学前の英語研修ということで2ヶ月ほどイギリスで1人暮らししてたら、その間に「しっかりと!」体重が戻ってしまい、それ以来、出産前の体重より2~3kg太めなゾーンに体重がシフトしてしまいました。ふぇ~ん!

まあ、アマチュアなので、太くても細くてもどっちでもいいんですが、あの出産後(一時期)細かった自分…というのが、けっこう自分の中のイメージとして、頭の中に焼きついており、「バレリーナとしては、せめてあの頃の体重に戻れたらなぁ」というのが、私の「野望」です。

でも、それは、「どうしても!」というほどでもなくて(>だから痩せないんだけど)、無理しないでそこまで行けるなら、「希望する」という程度です。

だけど、せめて、出産前の平均体重(>出産前も体重は変動があったので、今より重かったこともある)には戻れたら…というのは「強く希望する」ところです。

私のダイエット (3)-楽しく美味しく食べて太るのは○

私のダイエットの基本のもう一つは、「楽しく美味しく食べて太るのは○」ということ。これは、伊藤結花里『ダンシング・ダイエット』(講談社文化)に出ていたコンセプト。

著者はマンガ家なんですが、体重の変動がとっても激しい。モノを書いて(画いて?)食っていく…って、そりゃあ、すごく大変な仕事だと思う。

私は「モノ書き」のハシクレではあるが、「モノ書き」で食っている訳ではなく、原稿料はいつだって「スズメの涙」。原稿料なんて出ないことも多い。その原稿を書くための「下調べ」に使うお金を考えたら(>私は資料求めてイギリスにまで行くことも多いから)、「すべての原稿は赤字である」と言った方がいい。

私は「その他の仕事」で食わせてもらっているのであり、その「おこぼれ」で書く時間を掠め取っている…と言った方が正確である。(>大義名分的には「書く」ことも仕事のうちなのだが)

「モノ書き」として食ってなくたって、「仕事として」「モノを書く」のはストレスフルであります。(>もちろんエキサイティングでもあるのだが)

「モノ書き」として食ってる人は、どんなにか大変なことだろう…と思う。もちろん、それを「大変と思わない」、そういう大変さは軽く凌駕する「才能」があるから、その人たちは「モノ書き」として食っていけており、私は「モノ書き」として食っていけてない・・とういのもあるのだが。

それはともかく、彼女は、そのストレスの嵐の中で「ぎゃ~!!!!!」という状態に何度もなる。

で、彼女が太るのも、たいてい、ストレスで飲み食いしすぎたり、あまりの忙しさで運動できない状態が続いたりするのが原因。

曰く「楽しく美味しく食べて太るならOK」(>すみません。手元に本がないのでうろ覚えです)…だけど、自分が太るのはいつもそういう太り方じゃない…。

おんなじだ~!と思う。友達とワイワイ楽しくイタリアンで飲み食いして太る…。毎日がそういう楽しい日々で、生活も食事もはっぴぃ!という中で太るなら、それはそれでよしとしよう!!!!

イギリスのTVコマーシャルに、イタリアだかスペインだかの太ったおば(あ?)さんたちが、海岸で若い男の水着姿を「ウォッチング」してはきゃあきゃあと騒ぎ(>これもセクハラか?)、「彼女たちがいつまでも若いのには訳があります」とナレーションが入る。たしか、オリーブオイルかなんかの宣伝だったと思うんだけど。

毎日美味しいものを食べ、若い男をウォッチングし、きゃあきゃあ騒げる友達がいて…そういう生活だったら、別にちょっとぐらい丸くても気にする必要はないのでしょう。

でも、(2)でも書いたように、私の体重が増えていく時はたいてい「あぁ、しあわせ!」とモノを食べている時ではなく、「こんなもの本当は食べたくない!」と思いながらもやめられない「過食」モードにある時。食べることでストレスを解消しようとしている時。食べた後で「あぁ、美味しかった!」じゃなくて、「あぁ、また食べちまったよ!」と思うような時。

だから、そういう時、そうやって増えた肉を、私は「愛せない」。私がいやなのは、「自分の身体を愛せない」状態。

まぁ、そうやってストレス抱えながらも頑張って「仕事する」私も「私」なのだから、本当はそうやって太ってしまう自分も愛してあげないと可哀想なんだけどね。

私のダイエット (2)-「たたかわない」ダイエット

私のダイエットの基本はいくつかあるんですが、その一つは「たたかわないダイエット」です。要するに「苦しい思い」はしたくない…っていう「軟弱ダイエット」でありまして、「だから痩せないのよ!」と言われれば返す言葉もない。

丸元淑生『たたかわないダイエット』(講談社+α文庫)は、丸元さんの娘さんが、アメリカ留学で太って一時帰国した時の(父親の指導の下での?)娘さんのダイエットの記録です。

私は丸元さんの料理の本は昔から良く読んでいて、自分のレシピに取り入れたりもしているので、この本を書店で見つけた時にすぐ購入しました。

このダイエットの基本は「ガマンしない」です。そして「ガマンしないで食べたい物を食べる」です。で、「食べたい物を食べることが範を越えない身体作り」です。

これはヨガの思想にも通じます。

昔通ってたヨガの教室の先生は玄米食を勧めておられました。その理由は、白い米を食べていると、自分の身体が「本当に欲している物」を見失っていくからです。白い米は「刺激の強い」副菜を求める身体を作ってしまう傾向にあり、一度そのサイクルに入ってしまうと、身体はどんどん自分の身体が「本当には」欲していない物、身体にとって不要だったり、有害だったりするものを求めるようになってしまう…というんです。

「ガマン」も、気持ちや身体に「無理」を強いるから、「リバウンド」という形で、身体が欲しない物を摂取してしまう…。

要するに、「自分で自分が気持ちいい」身体作りと食欲調整っていうか・…。

そういう風に身体や食欲を調整していくためには、お菓子なんかもガマンせずに食べつつ、「身体を整える」物をきちんと摂取していく。野菜とか(>生と火を通したものの両方)とか、豆類とか、果物とか、たんぱく質とかね。

私が「太るサイクル」に入る時は、たいてい「身体に悪いもの」「余分なもの」を食べすぎる傾向にあります。だから、身体が整ってない状態…。

私にとってのダイエットというのは、だから「痩せたい」というのもあるんだけど、それよりは「身体を整えたい」っていう欲求なんだと思う。

私のダイエット (1)-「デブはフェミニズムの問題」

1970年代から80年代は、アメリカやイギリスでフェミニズムが席巻した時代です。色々な議論が花咲きましたが、「太ってるか」「痩せてるか」っていうこと、そして、そんなことを「女が気にするということ」も、「立派に」フェミニズムの課題である、とされて「マジメに」論じられたりしたものです。

Fat is the Feminist Matter というのは、この問題についての「古典」とも言うべき本であり、映画『フル・モンディ』の中でもたしか言及されていて、でも、字幕つけてる人にはそういう「教養」はなかったらしく(>あるいは知っていてもその通り訳しても通じないと思ったのか)、これは「デブは女の問題だ」というような訳になってました。

それはともかく、日本でも『女はなぜやせようとするのか-摂食障害とジェンダー』(浅野千恵著、勁草書房)という名著があり、女がなんでこんなにダイエットに夢中になるのかっていうことを分析しています。その理由は複雑で、一つに集約できるものではなく、いくつもの矛盾した要素が相互に絡みあっています。

たとえば、「細い女性」は「弱弱しく」、男性から見て「保護したくなる」存在で、そういう男性の「まなざし」に自分を合わせようとする試みである。

しかし、他方で、「丸みのある身体」は「母性」の象徴でもあり、社会から押しつけられる「女らしさ」に反発し、「少年の身体」を保持しようとする試みである。

あるいは、社会が女性にも「自己実現」や「成功」を求めるようになった時、すべての女性にそれが可能な訳もなく(>すべての男性に(いわゆる)「成功」が可能でないように)、また、それらは根気も努力も必要なことなので、「体重」という、もっと簡単に「コントロール可能な」ものを「コントロール」するところに「自己実現」や「成功」を求めてしまう…。

私がダイエットする理由の中に、あるいはちょっと体重が増えると「ぎゃ~!!!」となる理由の中に、もちろん、こうした「女性への抑圧」を内面化している(>あるいはそれに反発?)…という側面はあるのかもしれません。

私は別に今のところ、「太っては」いないし、「健康上の理由で」ダイエットが必要な訳ではありません。別にこのままでもいいぢゃん!とも思うんだけどね。

でも、難しいことはおいといて、正直なところ、やっぱり(アマチュア)ダンサーとしては、もちっと細い方が「見栄え」がいいよねっていうのはあったりはする。あと、「今以上には」太りたくないというのはあったりはする。

ま、そういう「気持ち」の寄って立つところの「分析」も重要なことではあるが、それは、そっちの専門家に任せておいて、私としては、「もちっと痩せたいなぁ」「これ以上は体重増やしたくない!!!!」という、「今の」「気持ち」に「忠実に」生きてみようかと思います。

(>が、これが上手くいかないんだなぁ・…。お勉強やら仕事に比べてコントロールが「ずっと簡単」なはずの体重管理が出来ない意志薄弱さじゃ、お勉強が思うように進まないのも無理ないわね)