私のダイエット (1)-「デブはフェミニズムの問題」

1970年代から80年代は、アメリカやイギリスでフェミニズムが席巻した時代です。色々な議論が花咲きましたが、「太ってるか」「痩せてるか」っていうこと、そして、そんなことを「女が気にするということ」も、「立派に」フェミニズムの課題である、とされて「マジメに」論じられたりしたものです。

Fat is the Feminist Matter というのは、この問題についての「古典」とも言うべき本であり、映画『フル・モンディ』の中でもたしか言及されていて、でも、字幕つけてる人にはそういう「教養」はなかったらしく(>あるいは知っていてもその通り訳しても通じないと思ったのか)、これは「デブは女の問題だ」というような訳になってました。

それはともかく、日本でも『女はなぜやせようとするのか-摂食障害とジェンダー』(浅野千恵著、勁草書房)という名著があり、女がなんでこんなにダイエットに夢中になるのかっていうことを分析しています。その理由は複雑で、一つに集約できるものではなく、いくつもの矛盾した要素が相互に絡みあっています。

たとえば、「細い女性」は「弱弱しく」、男性から見て「保護したくなる」存在で、そういう男性の「まなざし」に自分を合わせようとする試みである。

しかし、他方で、「丸みのある身体」は「母性」の象徴でもあり、社会から押しつけられる「女らしさ」に反発し、「少年の身体」を保持しようとする試みである。

あるいは、社会が女性にも「自己実現」や「成功」を求めるようになった時、すべての女性にそれが可能な訳もなく(>すべての男性に(いわゆる)「成功」が可能でないように)、また、それらは根気も努力も必要なことなので、「体重」という、もっと簡単に「コントロール可能な」ものを「コントロール」するところに「自己実現」や「成功」を求めてしまう…。

私がダイエットする理由の中に、あるいはちょっと体重が増えると「ぎゃ~!!!」となる理由の中に、もちろん、こうした「女性への抑圧」を内面化している(>あるいはそれに反発?)…という側面はあるのかもしれません。

私は別に今のところ、「太っては」いないし、「健康上の理由で」ダイエットが必要な訳ではありません。別にこのままでもいいぢゃん!とも思うんだけどね。

でも、難しいことはおいといて、正直なところ、やっぱり(アマチュア)ダンサーとしては、もちっと細い方が「見栄え」がいいよねっていうのはあったりはする。あと、「今以上には」太りたくないというのはあったりはする。

ま、そういう「気持ち」の寄って立つところの「分析」も重要なことではあるが、それは、そっちの専門家に任せておいて、私としては、「もちっと痩せたいなぁ」「これ以上は体重増やしたくない!!!!」という、「今の」「気持ち」に「忠実に」生きてみようかと思います。

(>が、これが上手くいかないんだなぁ・…。お勉強やら仕事に比べてコントロールが「ずっと簡単」なはずの体重管理が出来ない意志薄弱さじゃ、お勉強が思うように進まないのも無理ないわね)