舞台を重ねる (16)-舞台は直前まで(>本番でも)何が起こるか分からない

この「くるみ」の舞台では、実は、大変なことが起こった。

当日のゲネで、レッスンメイトの1人が肉離れを起こしたのだ。後ろで踊っていた人が、そのレッスンメイトが「かくっ」となったので、「あ、どうしたんだろ」って思ったって言っていた。

かなり痛いらしい。

お世話係りで来ていたよその教室の先生は、彼女の脚の状態を見て、「なんとかなるんじゃないかしら?」と、むしろ無理してでも踊って欲しそうだった。

でも、また、舞台の上で「かくっ」となるかもしれない。

レッスンメイト自身も「貴婦人は踊れるけれど、トレパックは無理だと思う」と言う。

とにかく、しばらく様子を見て、両方とも踊れるところまで痛みがひくかどうか、むしろ痛みが増してしまうようなことがないかどうかを、経過観察することになった。

ここまで来て、本番直前にケガなんて、本人もさぞ悔しいだろう。あんなに練習したのに…。彼女は間違いなく最も練習した人の1人だ。自分の踊りだけじゃなくて、人の踊りも沢山助けてあげた。みんなほど練習に出られない私も、彼女に一番お世話になった。

神様、なんとか本番までに彼女の脚を治してあげて!

しかし、本番直前になっても、痛みはひかない。

R先生が、最終確認として彼女に「どうしますか?」と聞いた。彼女は「トレパックはやめておきます。貴婦人は踊ります」と言った。

R先生は、「分かりました」と一言おっしゃって、「じゃあ、みなさん、振りを変えますよ。集まって!」とおっしゃった。

「踊らない」という選択をした彼女の勇気と、それをあっさり「分かりました」と言い、「次善の策」をすぐ練り出すR先生の素晴らしさに感動した。

舞台は直前まで何が起こるか分からない。いや本番でも事故が起こる場合がある。

そんな時、「じゃあ、どうするのか?」というのをギリギリまで追求して「何とかする」のがプロなんだなぁと思った。

R先生は大きなバレエ団のプリマとして多くの舞台を重ねて来られた。私のN教室の友達は、プリマはコールドからソリストから、舞台の「全部」を経験しているから、踊りの色々が分かる、R先生に習うということは、そういう「みんな経験した」魅力があるんだって言う。

そうだね。そういう強みがこういう時に出る。プロとしてこういう場面に直面したことも何度もあるんだろう。

焦らず、慌てず、堂々としておられる。

私たちは、レッスンメイトが心配なのと、急に振りが変わって大丈夫だろうか、というので半ベソ状態だったんだけれど、先生の、そんな時でもユーモラスに「大丈夫!」と励まして下さる姿に「何とかしよう!」と思った。

でも、やっぱり不安は不安。

肉離れを起こしたレッスンメイトは踊れる人なので、先頭だった。彼女の代わりに先頭になるように言われた人は、踊りの経験は長いけれど、幕物は多分初めて。

すごく不安な顔をしていた。

そしたら、At先生が、「分かりました。私が踊ります」とおっしゃった。

A先生は、もちろん指導はして下さってたけれど、ご自分でこの踊りを通して踊られたことはない。

R先生は、「そう? Aちゃん、やってくれる?」とおっしゃって、それで一件落着。振りが変更になることもなく、今まで通りで踊れることになった。

みんな「怪我して出られなくなったレッスンメイトの分まで」という気持ちもあったのだろう。本番で一番輝いて踊れた気がする。

この舞台では、多くの感動をもらった。

H先生のすごくおしゃれな振り付けで幕物を踊れたこともそうだし、上手組の子たちと同じ舞台の上で踊れたこともそう。レッスンメイトと励まし合いながら全力で練習して舞台を作れたこともそう。

でも、この「事故」のこともそうだった。

ダンサーに取って、「身体を無理をしない」勇気というのはとても大事。私だったら、踊ってしまって、本番でもっと大きな事態を引き起こしてしまったかもしれない。

「踊らない」選択をしたレッスンメイトの勇気と判断力、R先生の決断力や指導力、包容力、そして、「いきなり」でも何とかしちゃうA先生の凄さ…。

舞台では、一瞬一瞬の「判断力」がとても大事なんだなぁというを思った。バレエは「決断」の芸術だ。