剣道と私 (1)―運動音痴

私は子どもの頃、運動が苦手だった。

・・・というより、そう「思い込んで」いた。

生まれた頃、私は、母の実家に住んでいた。女の子の初孫だったこともあり、また同居している唯一の孫ということもあり、祖父母がめちゃくちゃ可愛がってくれた。未婚の叔父、叔母も同居しており、この叔父、叔母からも可愛がられた。

母が勤めていたので、昼間は祖父母が面倒を見てくれた。預かった孫にケガでもさせたら大変・・・と、私は、大事に大事に育てられたのは良かったのだが、危ないことはさせてもらえず、結果、同じ年頃の子どもに比べ、運動能力が低かった。

着物姿が可愛いと、着物を着せられていることも多く、それだと動きにくかったので、運動神経が育たなかったんだよ、ともよく言われた。

「女の子だから」というので、「運動が出来ないというのも可愛い」と思ったのか、「Q母は○歳になっても△も出来なかったんだよ」みたいに繰り返し繰り返し言われて、私は、自分には運動能力というものがないと思っていた。

なので、体育は苦手であった。というより、苦手であると思い込んでいたため、いろいろなことを「思い切り」やるということがなかった。体育は「思い切り」やらなければ、出来ないことばかりなのに。

とは言え、今客観的に振り返って見れば、実のところは運動能力が全くペケという訳ではなかったようで、徒競争なんかは、まぁまぁだったし、鉄棒も跳び箱もボールゲームも、そこそこにはこなしていた。

今思えば、客観的には、そこそここなしていたのに、自分の「意識」だけが「苦手」だった。

なので、運動部に入るなんていうのは、あんまり考えたことがなかった。

それでも、剣道にはなぜか興味はあったようで、中学の時、ちょっとだけ心を動かされた。

私の母方の曽祖父は、武士だったので明治維新で食い詰め、しかも幕府側だったので冷や飯状態で、まともな仕事には就けず、仕方なく剣道の先生をしてようやく糊口をしのいでいた。祖父も剣道が強かったという話を聞かされていたり、伯父も剣道が強かったりというのがあって、剣道というのは、なんとなく、私には親しみを感じる世界だったのだ。

なのだけど、私の中学の剣道部は、裸足で!学校の外をマラソンする、というのをやっていて、私はそれに「うぇー!!!」となってしまって、入らなかったの。あれが靴を履いてのマラソンだったら入っていたかも・・・。

惜しいことをした、と思っている。

私の中学の剣道部の顧問はそうとう強い人だったので、あそこで始めていれば、まだ女子剣道がそれほどは盛んでなかった頃だし、けっこう上まで行けたんじゃないかなぁと思うの。ちっ!!